教育学-本 : エミール〈上〉 (岩波文庫)

エミール〈上〉 (岩波文庫)

¥ 945


真面目な人間ほど ダメ人間に惹かれる!!(; Д`)ハアハア - (; Д`)ハアハア  ルソーはいい加減なおっさんである・・・口では教育論だのと立派な事を言っているが・・実際 自分が産ませた5人の子供は・・・孤児院送りだったり私生活もだらしなく・・・啓蒙のけの字もない・・・。当時 勃発していた・・啓蒙思想とやらの萌芽 その時流に乗って・・・ベストセラー作家となっただけの人物であるという見方が大きい・・・。こんな人格破綻者で社会不適応者の・・・著書に  何故・・・ロベスピエール先生や イヌマエルカント先生のやうな真面目な人格者が・・・影響を受けたのか・・・・それは長年の謎であったが・・・・らき☆すたというアニメを視聴して・・・ようやく分かった・・・・。そのアニメでは・・・真面目で 弁護士を目指す かがみ が 自堕落で、怠け者の こなた に強く惹かれていたのだ・・・。つまり真面目な人間ほど・・・ダメ人間に惹かれる!!!これは・・・自然の摂理である!

今、読んでも、十分ためになる! - すでに多くのレビューが書かれているので、簡単に。1762年に書かれたとは思えないほど、今でも通用する貴重なメッセージが多く、ルソーというと難しそう…という印象を持つ人にも、楽しめる一冊。(もちろん、中には、時代錯誤的な部分もありますが)たとえば、子供が泣いているときにどう対応するのがよいのかとか、何かを欲しているときにどうすべきなのか、あるいは、どんな環境で育てるのが理想的なのか、といったことなど、非常にやさしく書かれているので、思想・哲学に苦手意識を持っている人にもぜひ読んでもらいたい一冊です。

子育ての参考になる - 「自然に帰れ」の言葉が有名だが、曲解され誤解も生じている部分があると思われる。ルソーは、今日の子育てノウハウとしてベーシックなこと、すなわち一言で言うと、「過保護にしてはいけない」ということを例を用いながら主張・説明している。例えば、厚着をさせるな、ある程度病気を経験した方が元気に育つ、ある程度危険な経験をして知恵がつく、甘やかすな、駄目といったら変更するな、自分が困ることを体験させれば社会ルール・道徳意識が身につくといったことである。貴族たちが、金に物を言わせて、子供を過保護にしすぎることを警告した書と思われる。「死」は人間にとって避けられないもの、むしろ、ありがたいものと捉えるべきという考え方が新鮮だった。

頭になかなか入らない本でした。 -  カントが時間を忘れて読みふけったといわれるフランス教育学の古典。 消極的教育と呼ばれる。 人は何か「自然」な行動をすると、その「自然」から「教育」を受けるという視点にたち、「積極的に、または人工的に何かをすること」を批判した、批判言説である。 その論理は論理というより、主観でありストーリーである。つまり、「エミールの成長過程」に沿って、「世間で正しいと言われていてもそれは、人工的で誤っているとルソーが確信している『教育的行動や言論』」に「批判言説」の数々を加えていく物語とエッセイなのである。 この本の本質的なところはいわば、「天に向かって唾を吐けば、唾は自分に帰る」ことから「反省」するということが中心にあり、その「反省」が教育の根幹をなしているとルソーは思ったわけである。 (そうした点で哲学とは反省がなされることが主な学問だとして、この本はなかなか反省論的な哲学的教育論なのだが)その「反省」も「反省を作り出した行動」も「自然発生的」なものでないと、教育も意味がないということで、特徴がある。 しかし、私は「もう、ちょっと、なかなか頭に文章が入ってこないのは何故だろう。」と思ったし、実際この上巻の途中で挫折した。あらためて本書を開いたのは、「我侭な子供」と対面して困ったときである。 そこには、「我侭な子供」がたしかにいた。本書では自らの「不機嫌な感情」にから窓ガラスを割る行為に及び、その結果「寒い風」が入るのだが、ルソーは「その窓ガラスを大人は直さず「消極的」にして『怒ったり指導することもなく』、そのままにしておけ」と言う、そうすれば、子供は「寒さ」から「自然」に「窓を割る行為を反省」して、「感情に任せた行動はしなくなる」と書いてあった。 本当にそうなのかは、どこにも証明も統計もないのでいざしらず、実は一理あると思ってしまった。理由を言って叱っても、子供に理解がなければ、子供の意識を素通りしてしまう。ならば、なにかを言葉でなく、体験させることだ。しかし、体罰や怒声では子供の意識に刻まれるものはあっても、のちのち怨まれる。ならば、自然に任せれは自ずと体験するだろうと思ったのである。<まあ、大きな声は効果的とは思うが> カントは「なるほど素晴らしい」と思ったわけである。カントの場合もっと別に、純粋理性批判や判断力批判を通して、「実世界は虚無的だ」とする世界観が広がっているように見える。それは言葉とか理性とかにかかわる虚無感だし、五感の背景にある空みたいな感覚か、もしかして霊界か?。しかし、『エミール』には地に足をつけたように、体験で語る。そこに「言葉」だけの「虚」がない。もしかすると、ここにカントは安心感を見出したのかもしれない。

教育論 - 教育学を学ぶには、必ず出てくる古典ではないかと思います。ルソーが家庭教師となったときにどのような教育をするかを、生徒のエミールが誕生してから結婚するまでを描いている。ルソーが最も重要としたのは自然のままに育てること。まずはじめは乳母選びからはじまる。言葉によって物を教えても子供にとってそれは間違った観念で覚えてしまうので、必ず経験から学ばせるようにする。猫のしつけみたいなものね。そしてある年齢に達したら、今度は教師と共に学んでいくようにする。二十数年かけて優秀な教師が一人の子供を教えるという構想に、ルソーは生徒が金持ちであることを健康であることと同じように条件に挙げている。貧乏人は勝手に人間になるそうです。そして環境が大切であるため、余計な干渉の一切ない田舎で育てることがポイントらしい。後半は妻となるソフィーの性質と教育について。これはまあ、当時の上流階級での女性観がどんなものかを考える上では興味深いのではないでしょうか。そうやって手間をかけて出来上がったエミールは、ほのぼの育ったお坊ちゃまってかんじなのよね。決して帝王教育ではない。上流階級の一生働かなくてもいいような人間を育てる方法のような気もするけれど、幼児期の子供の育て方には納得させられることが多かった。




エミール〈上〉 (岩波文庫)